HOME

日野屯所便り
目次  前へ  次へ
「石田散薬を作ろう」!後編

猛暑の時期もすぎ、ようやく秋めいてきた9月3日、石田散薬再現イベント2日目に行ってまいりました。

朝9時、郷土資料館集合で、案内された先はもとは理科室だった部屋でした。
黒板に今日の行程が記されており、本日の作業は以下の通り。

   乾燥ミゾソバ 100目=375g
   1.細かく刻む
   2.黒焼き(中火〜弱火)
   3.最後に日本酒をかける
   4.冷ます→乾かす
   昼休み
   5.薬研で磨り潰す
   6.ふるう
   7.袋詰め 一包 一匁=3.75g×7包
 各テーブルにガス台が付いており、黒焼きするための鉄なべ、フライ返し、ふるうためのざる、ボール、そして先日刈り取って乾燥させたミゾソバが用意されていました。 

 こちらが乾燥ミゾソバ。袋を開けたら青畳
の匂いがしました。
 一袋375gに小分けされており、この量は
黒焼きの後ふりかけるお酒がミゾソバ100
目に対して1合(180cc)ということだそうで
す。
 基本的には、昭和4年に土方康氏が警視総監に提出した「売薬営業鑑札相続書換申請」という書類の記述を参考にしたとのことです。乾燥ミゾソバ百目を黒焼きにして薬研にかけ、粉末にしたものを100等分した、とあります。

 光栄なことに、この日も参加なさった土方歳三資料館の土方愛さんと同じ班での作業となりました。私と愛さん、前回一緒に5時まで作業した女性の3人です。
 まず、乾燥ミゾソバを細かくカットします。このとき、愛さんとも話をしたのですが、茎は含むのかどうか、正確なところは分かりません。ただ、7月の暑い中刈り取ったものなので、とりあえず全部使おうということになりました。1cm程度に細かくという指示でしたが、我が班では結構大雑把で、3〜4cm程度の大きさで、他の班より早めに黒焼きの行程に移りました。

    

鉄なべで中火程度。黒焼きはあくまで焦がすのとは違います。手を休めると焦げる恐れがあるので、常にフライ返しで混ぜて均一に焼いていきます。だんだん乾燥して焼けてくるとうっすら煙がのぼって燻されているみたいでした。もう一つ、ホットプレートが用意されていて、こちらは低温で均一にじっくり焼けるので、去年再現してみた時無難な仕上がりになったとのことでした。時間も掛かるので2種類同時進行。
   

 どの時点で黒焼き終了とするかは各自の判断に任されており、我が班の仕上がりはこんな感じになりました。お酒をかけて黒くなるとのことでしたが、茎の部分は焼けた藁のようで全体的にこげ茶色。なんとなくほうじ茶のような匂いにお酒の匂いが混じっています。
 茎と葉を分けて、葉の部分のみ黒焼きにしていた班はもっと綺麗な仕上がりでした。

 お昼休みを挟んで、薬研にかける作業に入ります。
   

 現代の普通の生活ではお目にかからない道具、薬研ですが、均一に細かく粉末にするにはこれが一番いいということでした。手前から奥に押すのが正しい使い方。最初のうち茎を何とか細かくしようとごりごりやっていましたが、やはり茎の部分はそう簡単に粉末にはできず、大まかにざるでふるって粗い茎は除くことにしました。
 ちなみに、除けた茎は「茎茶」と名づけられそれぞれお持ち帰り。なんとなくお茶としてなら飲めなくもない気がしました。
 茎を除いたものを更に薬研にかけて、目の細かいふるいでふるって、落ちたものが完成品、残ったものをさらに薬研にかけるという作業を繰り返し、できあがったのがこちら。やはり黒というよりこげ茶色です。
 他の班の作業を見ると、こんなもんじゃないくらい細かい粉末にまで研いでいる班もあり、やっぱり我が班はちょっと大雑把だったかも・・・。
    

 まぁ、とりあえずこれで完成ということで薬包紙で包む作業に。ここでビックリだったのが、一包分の分量。右の写真で10等分してある一つ分が一匁=3.75gということですが、とても薬包紙で包める量ではない。
 一応伝えられている分量をつめたビニール袋と体裁のみで包んだ薬包紙を比べてみるとこんな具合です。
 包む段階になってはじめて、本当にこれが1回分の分量で、これを飲んだんだろうかという話になりました。もちろん、復元作業の工程も結構大雑把で、出来上がった状態が当時と同じとは言えないでしょうが、重量がそのとおりなら、こうなります。
 こちらが完成品。
 これは土方歳三資料館所蔵の本物から原版
をとったゴム印を歴史資料館で作成したもの
で、
   石田散薬
   本舗 土方隼人調剤
となっております。おお、この袋があってこその
石田散薬って感じ。
 この日、作業をしながら土方愛さんと色々お話したのですが、実際黒焼きをしてみると、やっぱり茎は使わなかった可能性も高く、しかも干す場所の確保などもあるので、刈り取る時点で葉のみ刈り取ってそれを干して使ったのかも知れないという話になりました。あるいは刈り取りは茎ごとで束ねて干して、乾燥してから葉だけむしって使用したか。ただ、茎も同じような効能があると考えられていたなら無駄にはしなかっただろうし・・・。ということでやっぱり結論はでませんでした。茎を含むか否かで乾燥させるミゾソバの量も違ってくるし。(申請書の記述では「牛額草壱貫目を乾燥させて壱百目に減量し、それで出来上がった散薬を百包に配分する」とあります。)
 それでも、葉だけ刈り取るとすればより大勢の手がいっただろうし、歳さんが監督指揮していたのはやはり間違いないでしょう。乾燥したあとの行程は屋内作業でもあり比較的女性に向く作業であるということでは意見が一致しました。

 我が班は作業が大雑把だったのでいち早く終了し、愛さんが所用で帰られるということで3時で上がりとなりました。他の班の方は時間をかけて丁寧に作業しており、多分仕上がりの石田散薬はそれぞれの班で全く違うものでしょう。
 黒焼きしている時からすでに粉末状のミゾソバが舞い上がり、薬研にかけ、ふるいにかけているときには明らかに手が石田散薬だらけになり、家に帰って鼻をかんだら真っ黒でした。この日の皆さんは石田散薬をいくらかは吸引していたと思われます(笑)。

目次  前へ  次へ

▲上へ